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Posts (127)
Jun 12, 2026 ∙ 4 min
Road to MLS 第一章|塚田悠太郎 - 物語のはじまり
現在、メジャーリーグサッカー(MLS)オーランド・シティSCに所属する日本人選手、塚田悠太郎。彼はZero-Zero株式会社(Zero-Zero)の留学制度を利用して学生選手として渡米した一人である。大学ではビジネスを専攻し、学業とサッカーを両立しながら2024年5月にウェストバージニア大学を卒業。同年3月にオーランド・シティBと契約し、現地時間5月16日にはリオネル・メッシ選手が所属するインテル・マイアミCF戦で念願のトップチームデビューを果たした。更に8月7日にはトップチームとの正式な契約も結んだ注目選手だ。 初めて彼と話した印象はシャイで硬派、とても物静かな青年だった。「ボールを持つと豹変しますよ。めちゃくちゃ強気なんです」とZero-Zero代表の假屋氏は言う。左ウィングとして体躯の大きい欧米人にも当たり負けせず、引けを取らないフィジカル。強気に攻め込むスタイルを見るとパワー系の選手かと思いがちだが、彼の魅力はそのドリブルセンスだ。俊敏で繊細なドリブルは彼の個性の一つである。さらに特筆すべきは目を引くスピード。緩急のあるドリブルと相手のエリアに切り込んでいくプレースタイル...
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Jun 11, 2026 ∙ 4 min
第二章|暗黒期の中学時代
塚田悠太郎のサッカー人生は決して平坦なものではなかった。FC東京に所属した中学時代、塚田は最初の壁に直面した。「中学時代は自分の中で暗黒期でした。」 3歳から始めたサッカー。物心ついた時には塚田の日常にはサッカーがあった。小学生時代は地元のクラブやスクール、英語で学ぶサッカースクールのTOCなど複数のチームに所属し練習をする毎日。そこには献身的な父のサポートがあった。「僕がそんなに自分から積極的に動くタイプじゃないので、それを父がわかってていろんなチームに入れてくれていたんだと思います。地元のチームは枠にとらわれない自由なサッカーをさせてくれていたので、今の自分のドリブルやシュートのスタイルの原点になっていますね。」小学生時代は友人との交友時間や流行りのゲームなど色々なものを犠牲にしながらサッカーに打ち込んだ。 その後努力の末、数千人の中から選ばれ実らせたFC東京ジュニアユースへの入団。念願叶い喜んだのも束の間、現実は甘くはなかった。 小学生時代は地元チームということもあり自由にプレーしていたサッカーだったが、FC東京の指導スタイルや環境の違いに苦戦。さらに周りは実力者ばかりで試...
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Jun 10, 2026 ∙ 5 min
第三章|開花し始めた高校時代
新たな成長を求め飛び込んだ高校サッカー。しかし塚田を待っていたのは決して順風満帆とは言えない毎日だった。 とにかくサッカーを楽しくやりたいという思いと共に埼玉県の聖望学園高校に入学。試合出場が少なく現実を目の当たりにした中学時代、高校では試合出場が第一の目標であった。塚田は高校入学後すぐにその実力が認められ、最初の大会からスタメンで出場し活躍。「高校1年生の頃は試合に出してもらって手応えも感じましたし、自分がやりたいサッカーが楽しくできるようになっていきました。徐々に自信を取り戻していったのを覚えています。」しかし高校2年生の試合中に右手を骨折。そこからCチームに降格し、試合に出られない不遇の時期を約1年間過ごした。「3年生でもCチームで試合に出られなかったら、日本の大学にも行けないなと思ったんです。」その時塚田は進路のことを考え、Zero-Zero代表の假屋氏に話を聞きに行く。「話を聞いてみて最初は単純にアメリカは良いなと思いました。英語を話せた時のメリットの話を假屋さんがしてくれたのが印象に残っています。例えば日本語でGoogle検索して100件しか出てこないことも、英語で調...
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